気分ってなんだろう?NO1

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私達は毎日の生活のリズムの中で今日は気分がよくないとか!天気、また対人関係、あいつは気分の悪いやつだという言い方をするように対人関係でも気分の影響を受ける。肉体的にも精神的にも気分・やる気・恋・対人関係等などの個人対環境のズレが気分として出てくる。当然良い気分(適度な興奮度)と言う場合も多々ある。相手との性格のズレも気分になる!どうやら私達の気分の出所は心の構造の中の深いところにあるようだ。(外と内)のバランスいい気分にせよ悪い気分にせよ、どうも自分自身の生命力みたいなものが!意識(レベル・識域)のキャパシティー(オバーフロー)を超えた時に気分が猛烈に出てくるようだ。現代のように気分を軽い理性(概念)で抑え込むのは病理学的にもよくないのではなかろうか!どうも出所は本能エネルギーからくるように思えるからだ。心理療法士も気をつけないといけない、悪化する場合もとても多いように思う。

コロナで一人一人が変容しなければいけないというが、それは歴史的に急には無理な話である。教育もすべてグーローバリズム、関係性で教育してきたものを!急に内向的になれといっても!

私達の生活は歴史性を持つということをまるで考えていない。グーロバリズムは一夜でなったわけではない。この社会を変えるには何百年という単位の歴史が必要である。民主主義というのはキリスト教と言う歴史性の上に載っているのだ。当然グローバルな意識性も国民にすでに無意識的に植え付けられています。個人を意識するには住んでいる土地の歴史性から抜け出す必要がある、そんなのは心理学の常識である。また社会的な気分も当然存在する、集合的心といものだ!俗に言う世間を気にするというこころの働きである。ファッション産業などはどちらかと言うと見栄(虚栄心・外向性)の文化産業である。小説などは内的でこころのファッション!内的文化産業ということになるのかもしれない。お酒もお店など外での食の文化に負うところが大なのは当然である。また私達日本人は仏教徒でもなければ、神道でもない!言うなれば社会精神はキリスト教徒的思考法で社会は動いている。他のところはコピーして使用しているのだが愛だけはうまくコピーできない。政治家が国民に愛がなくして政治などできない。いずれにしても人と会えないというのは異常事態だ、私達に社会は人との関係性で成り立ってきた社会であることをもう少し認識したほうが良い。気分としての本能エネルギーを無視した教育には当然無理が生じてしまう。気分も本能エネルギーにその力を得ているからだ。私達が一人の肉体を持つ動物的存在であるといことを忘れるのはいかがなものだろうか!

どうも気分とは意識の能力を超えた、こころの深い層からやってくる。自分の意思・意識ではコントロールできない、生命の深いところからやってくる生命エネルギーと考えられなくもない。又突然性、ということもある。幼児時代はまさに気分の中の生活なのかもしれない。まだ自我領域の発達が未熟なので無意識の生の本能に左右されるのは当然なのだろう。

最近の事件から分析すれば!アオリ運転が良い例であろう!誰に対しても、人間関係的に気分が良くない!家僕霊(母イメージ)母のような人間以外近づけないここまでくると病的と言っても良いだろう。どうやら気分とは本能的なエネルギーが源にあるようだ。こども特に幼児は本能(無意識)に影響を受けている。意識の発達が遅れると気分に翻弄されるのかもしれない。DV・セクハラ・パワハラも当然気分との関係であると思う。

今回は最初に無意識生活と関係の深い女性の気分などのエネルギーから説明したいと思います。

女性の意識生活は!男性のように、無意識から完璧に離れるわけにはいきません。それは子育てなどで母性本能を働けせねばいけないのと、やはり予知能力は生命繁栄にはかかせない能力ですので!男性よりすぐれているためですね!最近では津波てんでんこの女の子のグループがこの直観能力に長けていることを示してしまいました。最後になりましたが無意識と関係がとくに深い能力は女性のエロス能力ですね!つまり関係する能力とでもいいましょうか!人と人を結びつける能力!これがないと生命繁栄はないわけですね!ですから男性の関係性に目を向けさせるのは女性の役目になるわけです。恋の問題は普遍的な人間の問題として!恋愛小説なども未来永劫に人が生きていく社会では普遍的なこととしてあるわけですね。ですから女性の関係性は深くて、たんぱくなのでストーカーは男性の方が絶対数では多いわけです。

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